“バレエ”と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、白いチュチュを着て可憐にクルクル回り、優雅に踊るバレリーナの姿ではないでしょうか。それはバレエ『白鳥の湖』から来るイメージです。また、すぐに思いつく定番メロディもやはり『白鳥の湖』、オーボエのソロ部分という方が多いのでは。まさにバレエのイメージそのもの、と言っても過言ではない『白鳥の湖』。
ピョートル・チャイコフスキー(Pyotr Tchaikovsky、1840-1893)が作曲した「3大バレエ」の中で、最初に上演された作品です。上演当初は、あまり話題にならなかったとのことですが、チャイコフスキーの死後、有名な振付師とストーリーの改訂により、再び注目を浴びて上演されるようになりました。
『白鳥の湖』の物語自体がどのように創作されたのかについては、あまり詳細はわかっていません。原作となった作品も不明で、いくつかのお話を融合して作られたというのが、一般的な見方のようです。
チャイコフスキーの死後に再上演され、注目されてきた本作品は、その後現代に至るまで数多くのバージョンが作られています。
『白鳥の湖』のあらすじ

悪魔により呪いをかけられた王女オデット。
その呪いとは、昼間は白鳥の姿、夜間のみ人間の姿に戻れるというものでした。とある王宮の王子ジークフリードが、白鳥狩りをしようと湖へ訪れた際に、美しい娘の姿に変身したオデットに出会います。
2人は惹かれ合い、オデットは呪いのことを王子に話します。その呪いを解くには、それまで愛を誓ったことのない男性から、オデットが愛を捧げられることが唯一の方法だと伝えます。王子は自分が愛を誓うと告げるものの、夜明けとなり、オデットは白鳥の姿に戻り飛び去ってしまうのでした。
王子の花嫁候補を決める舞踏会が開かれます。そこへ、悪魔の魔法によりオデットと瓜二つの姿になった悪魔の娘オディールが現れます。オデットだと思い込んだ王子は、オディールに結婚の誓いを立ててしまい、直後に悪魔が正体を現しその場を去ります。
王子は過ちを犯したことを後悔し、オデットの元に向かいます。王子はオデットに許しを乞い、オデットは彼を許します。そして2人は湖に身を投げ、その愛の強い力により悪魔は滅び去ります。こうして、2人の魂は永遠に結ばれるのでした。
このような悲恋の物語ですが、結末は、バージョンにより違っていて実にさまざま。悲劇的な結末もあれば、悪魔を倒した後に現世で結ばれるハッピーエンドもあるようです。
バレエ組曲について

現在も『白鳥の湖』バレエ公演は、世界各国で盛んに催されています。しかし、バレエもオペラと同様、長時間の舞台で手軽に鑑賞するには少しハードルが高いと感じる方もいるかもしれません。もう少し短時間で気軽に楽しみたい……という場合におすすめなのが、オーケストラ演奏会向けに構成されたバレエ組曲です。
『白鳥の湖』のバレエ組曲を構成することについては、作曲者のチャイコフスキー自身がその意思を明示する書簡を残していますが、具体的に、どの曲を組曲に選ぶかを示したものは発見されていないようです。
作曲者自身の選曲ではないとはいえ、組曲として定番となっている選曲スタイルは、ほぼ決まったバージョンがあるようです。
もともとバレエの場面に合わせて作曲されたものですから、どの曲も長さは短め。それに情景や状況を表現しているので、各曲に表情があり、とても聴きやすい印象です。
ここで全ての曲について書くのは難しいので、組曲に選ばれる定番曲をいくつかご紹介します。
情景(第2幕)
冒頭でも取り上げた『白鳥の湖』のメロディと言えばまさにこの曲。曲の最初にオーボエがソロで奏でるメロディがあまりにも有名です。
これは第2幕最初に演奏される曲で、その有名なフレーズ部分は、「白鳥のテーマ」と呼ばれます。「白鳥のテーマ」のフレーズは、ここだけでなく別の場面でも随所に出てくるようです。『白鳥の湖』の主題とも言えるでしょう。
悲恋の物語を想起させるような、何とももの悲しい短調のメロディライン。呪いや悪魔の存在も含めて、白鳥のオデットの悲しみや寂しさが見事に表現されていると思います。
ワルツ(第1幕)
第1幕では、王子の成年式を祝う場面があり、そこで登場するのがこの曲です。こちらは、短調の主題とは打って変わって、明るく華やかな曲調。バレエの舞台では、たくさんの演者たちが息を合わせてダンスを展開していく……この曲を聴いていると、まさにそんな光景が目の前に広がっていくような気がします。
曲全体で、弦楽器の重厚でスケールの大きな音の重なりが感じられます。また中間部では、管楽器の遊び心のあるメロディーが出てくるので、それも楽しめる要素です。王子の成年式のお祝いにふさわしい、楽しく賑やかで、それでいて優雅さもある素敵な曲です。

引用:東京シティ・バレエ団
小さな白鳥たちの踊り(第2幕)
『情景』に続いて『白鳥の湖』で有名なのが、こちらの曲。「4羽の白鳥の踊り」としても知られています。4人のバレリーナが横に並んで踊る曲と聞くと、おわかりになる方が多いのではないでしょうか。
4人が手を交差して横並びになり、ファゴットのリズム音に合わせて踊る場面は、『白鳥の湖』の定番シーンの一つと言ってよいでしょう。木管楽器が奏でる旋律はコミカルさと同時にもの悲しさも含みます。
ハンガリーの踊り(第3幕)
「チャルダッシュ」とも呼ばれるこの曲。「チャルダッシュ」とは、ハンガリー音楽から派生したジャンルです。その特徴は、曲の中にテンポが遅い部分と早い部分があるという点です。
第3幕、舞踏会シーンで民族舞曲が数曲続く中で、最初に登場します。前半はゆっくりとしたテンポで、弦楽器中心に愁いを帯びたメロディーが奏でられます。途中、少しずつテンポアップするフェーズが入り、急にガラッと速いテンポに切り替わります。
後半は速いテンポのままメロディーが駆け抜けていき、オーケストラ全体で盛り上がって終わります。この前半と後半のテンポの違いが、指揮者によってさまざま。聴き比べると、それぞれの個性が発揮されていて、とてもおもしろいです。
どの曲も、繰り返し聴いているとだんだん「この曲でのバレエの舞台、実際はどんな風になっているんだろう……」という興味が湧いてきます。組曲に親しんでから、バレエ『白鳥の湖』の舞台を鑑賞してみると、知っている曲もあってより楽しめるかもしれません。