とても華やかなメロディラインで、親しみやすい『花のワルツ』は、ピョートル・チャイコフスキー(Pyotr Tchaikovsky、1840-1893)が作曲したバレエ音楽「くるみ割り人形」中の一曲。
後にチャイコフスキー自身がオーケストラでの演奏会用に抜粋してまとめた組曲の中にも選ばれており、組曲では第8曲のラストを飾る曲となっています。
「くるみ割り人形」そのものも、バレエ音楽として有名ですし、他の曲もよく単独で演奏されることはありますが、この『花のワルツ』は特に、クラシック音楽全体の中でかなり有名な曲と言えるでしょう。
くるみ割り人形のあらすじ

「くるみ割り人形」は、バレエ作品として書き下ろした物語です。原作となったのは、童話「はしばみ割り物語」(アレクサンドル・デュマ・ペール作)。さらにその童話は、ドイツ語で書かれた「くるみ割り人形とねずみの王様」(E.T.A.ホフマン作)をフランス語に翻訳しアレンジしたもののようです。
ある少女がクリスマスの夜に、プレゼントとしてくるみ割り人形をもらいます。そのくるみ割り人形が少女の夢の中に現れ、人形とねずみとの戦いに遭遇。少女はくるみ割り人形を助けてねずみの王様を倒します。戦いの中で倒れたくるみ割り人形は王子の姿に。
王子となったくるみ割り人形は少女に感謝して、御礼に「お菓子の国」へ招待します。お菓子の国では、少女を歓迎するパーティーが開かれます。

やがて朝となり、少女は夢から覚めて、くるみ割り人形を抱きしめます。
『花のワルツ』はもちろん、「お菓子の国」での歓迎パーティーのシーンに出てきます。割と終わりの方で演奏されます。
物語そのものについては、1892年の初演から現在に至るまでの間に、かなり多くの改訂版が作られています。現在、バレエ作品として上演する「くるみ割り人形」も、20世紀後半以降に作られた改訂版です。
バレエの演出として、展開の仕方や物語の結末にいろいろと相違が生じているようです。それぞれどんな違いがあるのか見比べてみるのも面白いかもしれません。
『花のワルツ』曲の構成や特徴

『花のワルツ』は、序奏、主部、中間部により構成されています。
木管楽器とハープによる、とても優雅な雰囲気の序奏。特に最後にあるハープのカデンツァは、より華やかな世界へといざなってくれます。
そして、ワルツのリズムと共に主部へ。ホルンが主題をなめらかに奏でます。それを受けるように管楽器や弦楽器が掛け合いをしながら、華麗なワルツのメロディを展開していきます。まさにバレエで優美にワルツを踊っている、そんな情景が浮かんでくるようです。
続いて、中間部。木管楽器により新たな主題が提示されます。主部よりは少し落ち着いた雰囲気ですが、途中で弦楽器の深みのある響きを生かしたメロディも出てきます。やがて中間部の主題が再度現れ、いよいよフィナーレへ。
最後は主部のメロディーが登場、さらに盛り上がっていきます。音の重なりが増え、音量も力強さも加わり、壮大で華やかなクライマックスへと展開していきます。くり返される優雅なメロディライン。弾むようなワルツが次第に雄大さも帯びていきます。ラストに向けては、たたみかけるようにメロディーが重なり少しずつ速度も増して、オーケストラ全体で高らかに主題部分を歌い上げて終わります。
とてもわかりやすいクライマックス&フィナーレだと思います。曲が終わったところで、思わず「ブラボー! 」と声を出したくなるほどです。
<ちょっと余談ですが>
この『花のワルツ』、約7分程の曲・編成が大きく大人数で演奏できる・有名で親しみやすい・最後に盛り上がる……ということから、よくアンコール曲に採用されます。実際、私も大学でオーケストラサークルに入っていた頃、この曲をアンコールで何度も演奏した経験があります。
打楽器パートでしたので、たいてい近くにハープ奏者の方が。ハープは、学生オケの場合は当然、エキストラの方をお願いすることになります。近くで演奏するので、そのエキストラの方とは次第に親しく話せるように……。
そこで苦笑交じりに言われた言葉。
「『花のワルツ』は、よくアンコールで採用されるんですよね。皆さん、メインの曲が終わった後だからアンコールはリラックスして演奏なさいますけど……。私にとっては、この『花のワルツ』が一番のメインみたいなもので、毎回緊張するんです~。」
ああ、確かに。冒頭のハープのカデンツァ。やっぱりソロで弾くというのは、どんなにベテランの方でも緊張されるのだと。しかもよりによって、最後のアンコールという……。
その時はただひたすら「申し訳ないです! 」と恐縮したのを覚えています。もちろん「いや、本当によくあることなので。気にしないでいいですよ。」と笑っておっしゃっていました。ですがこの会話をして以来、私は『花のワルツ』冒頭のハープの演奏を、心してしっかり聴くようになりました。
ちなみに、この曲で私が担当したのはトライアングルです。けっこう曲中の要所々々に出てきます。いい感じに曲のアクセントになっていると思うので、もしよろしければ、トライアングルの響きにも注目して聴いてみてください。